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大阪地方裁判所 昭和37年(レ)1号 判決

控訴人 久保利郎

右訴訟代理人弁護士 中島寛

被控訴人 三野亀三郎

右訴訟代理人弁護士 徳矢卓史

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人から金三六六、〇七五円の支払いを受けるのと引換えに、別紙物件目録(二)記載の建物及び別紙物件目録(一)記載の土地を明渡せ。

控訴人は、被控訴人に対し、昭和三四年一一月一日から右土地の明渡ずみまで、一箇月一、二〇〇円の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一、二審ともすべて控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、高井が被控訴人からその所有に係る本件土地を建物所有の目的で賃借し、その地上に本件建物を所有していたこと、および、控訴人が高井から、本件建物の所有権と共に本件土地の賃借権を譲り受けて、おそくとも昭和三四年一一月一日以後本件建物を所有して本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

二、そこで、先ず、右賃借権の譲渡を被控訴人が承諾したかどうかについて判断する。

この点に関して、原審証人高井安太郎は、同人が控訴人に本件建物を譲渡した当時、高井からの申出に対して被控訴人が本件土地を控訴人に貸すことを承認した旨を証言している。しかしながら、右証言は、同証人が、当審においては、賃借権の名義書換を何回も申し入れたから被控訴人がそれを承知した筈である旨証言して、被控訴人の承諾の意思表示のあつたことを証言していないこと、控訴人は当審における本人尋問において、高井から同人が被控訴人に対して名義書換を頼んだことは聞いたが被控訴人がそれを承諾したことは聞かなかつた旨を供述していること、≪証拠省略≫によると控訴人が被控訴人に対して本件土地明渡しの猶予を願い出ていることが認められること、および、原審における被控訴人本人尋問の結果と照して、たやすく措信することができない。そして、他に、被控訴人が高井又は控訴人に対して賃借権の譲渡を承諾する旨の意思表示をしたことを認めるに足る証拠はない。また、控訴人が主張するところの、被控訴人が昭和三四年一一月分からの地代を控訴人から受領することを承認した事実は本件全証拠によつても認めることはできない。≪証拠省略≫によれば、被控訴人から昭和三五年二月頃控訴人に対して賃料を月五、〇〇〇円に増額し契約金五〇、〇〇〇円を出すことで契約するようにとの申出があり両者の間に交渉がなされたことが認められるが、右事実から直ちに賃借権譲渡承諾の事実を推認することはできず、かえつて、右控訴本人尋問の結果(原審および当審)によれば、被控訴人の右申出に控訴人が応じなかつたため、被控訴人が賃借権の譲渡を承諾せず控訴人に対して本訴を提起するに至つたことが認められる。他に、本件全証拠によつても被控訴人が賃借権の譲渡を承諾した事実を認めることはできない。従つて、控訴人の本件土地の占有は何ら正当権原に基づかない不法なものということになり、同人は所有者である被控訴人に対して本件土地を明渡す義務があると言わねばならない。

三、控訴人は本件建物の買取請求権の行使を主張しているので、次にこの点について判断する。

本件建物は高井が賃借権に基いて本件土地上に建築したもので、控訴人がこれを高井から譲受けたことおよび控訴人が昭和三八年三月二六日の当審口頭弁論期日において被控訴人に対して右建物を時価で買取るべきことを請求したことは、当事者間に争いがない。被控訴人は、控訴人の建物買収請求権の行使以前の解除によつて、右買取請求権は消滅したと主張するが、右主張に照応する原審における被控訴本人尋問の結果は証人高井の原審および当審における証言と対比してたやすく信用できなく、他に右事実を肯定するに足る証拠がないし、また本件土地の転貸を事由とする被控訴人主張の解除は控訴人の本件建物の買取請求権の消滅をきたすものとは解せられないから、右主張は失当である。従つて、控訴人の右買取請求権の行使は適法になされたものと認められる。そうすると、昭和三八年三月二六日をもつて本件建物の所有権は被控訴人に移り、その結果、控訴人の本件建物収去の義務は消滅して、控訴人は被控訴人に対しこれが明渡義務を負担することとなつた。そして、本件のような場合、被控訴人の本件土地の明渡しを求めている請求には、控訴人に対して本件建物の明渡しを求める請求をも包含しているものと解すべきである。ところで、控訴人の右建物明渡の義務は、被控訴人の控訴人に対する買取代金支払義務と同時履行の関係に立つものであるから、控訴人は右代金の支払を受けるまで右義務の履行を拒むことができ、これに伴い当然にその敷地である本件土地の明渡をも拒み得るものというべきである。

四、つぎに、本件建物に時価について判断する。借地法一〇条にいう建物の「時価」とは、建物の存在する場所的環境を参酌して算定せられる現存しているままの状態における建物の価格であつて、建物敷地の借地権の価格は加算すべきでないと解せられる(最高裁判所昭和三五年一二月二〇日第三小法廷判決民集一四巻一四号三一三一頁参照)。換言すれば、建物の「時価」というのは、建物が一定の敷地上に存在していることによつて建物所有者が享受する事実上の利益を加算した建物の時価、即ち建物がその敷地上に現存している状態における価格のことである。

鑑定人三宅通夫は、本件建物の場所的環境の経済価値は、本件土地の更地価格の一五パーセントに相当する五〇二、二〇〇円であり、本件物建自体の価格は鑑定時におけるその複成価格から建築時の昭和二二年一二月頃から一五年四箇月経過していて耐用年数も二分の一を残存するのみとなつていることによる減損価格を控除した二五四、四七五円であるとし、この合算額である七五六、六七五円を以て、本件建物の時価と鑑定している。右鑑定の場所的環境の経済価格に関する部分は、これが算定については、建物が店舗等の場合と住宅の場合とでは場所的利益の価値において著しい相違があり、更に建物の建坪と敷地の面積との比率とが建物の残存耐用年数等も重要な事項であるのに、これらの点に十分な考慮が払われた形跡がなく、単純に右価格を本件土地の更地としての価格の一五パーセントに相当するものとしている点で首肯できなく、これを採用することができない。

右鑑定人が本件建物自体の価格を二五四、四七五円と鑑定している事実、記録上あきらかである本件土地の昭和三五年度の固定資産税課税標準の評価額が一坪につき四千七百円余であつた事実、当事者間に争いのない被控訴人から訴外高井安太郎に賃貸していた本件土地の賃料は一箇月一、二〇〇円であつた事実、弁論の全趣旨により認められる本件建物は住宅であつてその建坪は本件土地の約二分の一である事実、及び当審における控訴本人尋問の結果を合せて考えると控訴人が買取請求権を行使した昭和三八年三月二六日当時の場所的環境を参酌した本件建物の時価は三六六、〇七五円と認定するのが相当である。

従つて、控訴人は被控訴人に対し三六六、〇七五円の支払と引換に本件土地建物を明渡す義務があるものである。

五、控訴人は、昭和三四年一一月一日以後、右本件土地をその地上に本件建物を所有することによつて占有使用していたことは当事者間に争いがなく、右認定の事実によれば、右占有につき被控訴人に対抗できる何等の権限も有していなかつたものといわなければならない。そして特段の事情のない本件では被控訴人は控訴人の右不法占拠により本件土地の賃料相当額の損害を蒙つているものと考えなければならなく、右認定の事実によると控訴人は右損害の発生につき過失があつたことは明らかである。そうすると控訴人は被控訴人に対し賃料相当額の損害金を支払う義務があるものというべく、本件土地の賃料額が月一、二〇〇円であることは当事者間に争いがない。

ところで、先に明かにしたように、控訴人は昭和三八年三月二六日本件建物の買取請求権を行使した結果、本件建物は被控訴人の所有に帰した。そして控訴人はその後同時履行の抗弁権に基いて本件建物を留置して使用を続け、そのためこれが敷地たる本件土地を占有使用するに至つているのである。従つて、右日時以後は控訴人の右土地の占有は不法占有ではなくなり、被控訴人の求める損害金の請求は理由がなくなる。しかしながら、控訴人が右の同時履行の抗弁権を有することは、右土地の占有使用による利得を取得する権原とはならないから、同人は法律上の原因がないのに地代相当額を利得し、これによつて被控訴人は右同額の損失を受けていることになる。そして、本件のように建物所有による土地の不法占有を理由に地代相当額の損害金の支払いを求める請求には、建物買取請求権の行使があつた以後は、それによつて生じる地代相当額の不当利得の返還を求める請求を含んでいるものと解すべきである。

六、以上のとおりであるから、結局、控訴人は被控訴人に対して次のとおりの義務があることになる。

(一)  被控訴人から三六六、〇七五円の支払いを受けるのと引換えに本件土地建物を明渡す義務

(二)  昭和三四年一一月一日から昭和三八年三月二五日まで、一箇月一、二〇〇円の割合による損害金を支払う義務

(三)  昭和三八年三月二六日から本件土地明渡ずみまで一箇月一、二〇〇円の割合による不当利得を返還する義務

従つて、被控訴人の控訴人に対する請求は、右の限度では相当であるから、これを認容し、その余は失当として棄却すべきである。よつてこれと異なる原判決は、この限度で変更すべきものとし、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととする。

なお、訴訟費用の負担については民訴九二条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 野田殷稔 井関正裕)

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